近所に激安スーパー開店

ここ数年、食料品や洗剤などは、車で家から10分程の大型食品スーパーSを利用していた。たまにそれ以外の少し規模の小さいスーパーに行くときもあったが、全般的にスーパーSの方が安く品揃えも豊富なので、近頃ではほとんどスーパーSで固定化していた。
先週、家から二番目に近い鉄道の駅まで歩いていたところ、途中に中規模のスーパーOが開店しているのに気づいた。駐車場もかなり大きい。徒歩でもフラットで16分ほどで行ける。フラット徒歩圏にスーパーがないことが我が家の最大の弱点と思っていた自分にはかなりのグッドニュースだ。先日車でスーパーSへ行く予定を変更して新規開店のスーパーOへ行った。
店自体はスーパーSの方が1.8倍ほど広く、したがって品揃えもSの方が断然豊富である。スーパーで買った商品は個々に品名と値段をエクセルに入力している。家に帰って値段を入力し、ナショナルブランドの同一商品の価格を比較したら以下のようになった。
品目 スーパーS スーパーO 割安率
グラノーラ 648 599 8%
歯磨き粉 178 138 22%
風呂洗剤 145 125 14%
せんべい 178 132 26%
今までスーパーSはそれなりに安いと思っていただけに、このスーパーOの安さは衝撃的だ。自分にとって品揃えの違いの大きいのは洗剤などの雑貨で、スーパーOになくても(値段が多少高くなるが)家から徒歩8分のホームセンターで買える(品目は3~4個)。これでもうスーパーSへは行く気がしなくなった。よく調べると、以前たまに行っていた別のショッピングモールのスーパーもスーパーOに変わっているのがわかった。
実は自家用車も3年前に廃止し、カーシェアで車を借りて買い物をしている。夏は家で麦茶を沸かして魔法瓶で持ち歩く。外食はもっぱら380円の牛丼かカレー。靴やPCなどは高くてもしっかりしたものを使っているが、昨今の若者に負けないくらいダウンサイジングの生活が定着してきた。

雇用関係によらない働き方に関する アンケート調査結果

経済産業省経済産業政策局 産業人材政策室が最近発表した、
「雇用関係によらない働き方に関する アンケート調査暫定結果」が興味深い。

まず、この調査は経産省が委託実施している。これはある意味当然である。労働問題を所管するのは厚労省であるが、厚労省はハローワークに見られるように、「雇用される働き方以外は邪道」という基本政策を維持している。

「雇用関係によらない働き方」のみを実施している(つまり私のようなフリーランスで主たる生計者)では、平均で32.4時間働き、300万円台の年収を得ている。もちろん300万円以下ではまともな生活ができないので当然だが、雇用の場合フルタイムで週38時間と少しなので、トータルとしては結構な時間働いている。ただし通勤はほとんどないであろうし一日24時間のどこでも使える。

この形態を選んだ理由として「自分のやりたい仕事に集中したいから」が最も多いこともうなずける。特に日本式雇用は欧米のようなジョブ・ディスクリプションがないので、職務の範囲があいまいである。私も前職(非正規)では「研究補佐」として職についたが、結局お茶くみ以外の全ての雑用をこなした(お茶くみは「男性がやったら来客者が訝しむ」ということで免除してもらった)。これが日本では普通なのである。フリーランスはそのような雑用から完全に解放される。

また、柔軟な働き方に満足している理由として次に多いのが「人間関係の煩わしさがないため」「家族との時間、育児や介護の時間がとれるため」(両者ほぼ同じ)である。これも痛いほどよくわかる。私も正規の職場では主に人間関係で2回メンタルを悪くした。前職でも数で主流のパート主婦が結束していて、自分は孤立状態だった。母親の介護は仕事よりも優先順位が高かった。

不満の理由としては収入面で「昇給がない、安定しない」が圧倒的に多いが、これも当然である。会社の安定的な給料は、会社への忠誠と長期的コミットメントへの対価である。やはり海外のように転職してキャリアアップをするようなシステムの方が日本式よりずっといい。

「もはや日本式終身雇用制度は崩壊した」とはネット論壇ではよく言われるが、マスメディアは未だに終身雇用の正社員が記者やアナウンサーを勤めており、終身雇用制度が当たり前だった現シニア世代はマスメディアしか見ない人が多い。しかし、厚労省がいくら日本型雇用の牙城を守り抜こうとしても、非正規で働く若者は増え続け、雇用システムは世界のスタンダートに近づいていくであろう。

より柔軟な働き方により寛容な社会に変容していくことを願うばかりである。

(追伸)
本日配信されたネット記事「キャリアを捨てる働き方-定年シニアが生き残るには-」も非常に興味深い。小生はこのようなシニア求人のミスマッチ状況を身をもって体験してきた。

教育の定量指標について

今日は「教育における定量指標」について考えてみたい。

日本では必ず引き合いに出される「偏差値」。

これはもちろん、学生母集団のある成績の分布が正規分布と仮定して、
平均50、標準偏差10に標準化した得点である。

問題はこれが1次元、つまり各科目のテストの点数を主成分分析にかけて、その第一主成分のみを取り上げて、それで学校をランク付けしていることであろう。
(主成分分析に関しては、小生の別ブログを参照されたい。)

そして、この第一主成分の寄与率が50%~70%位と非常に高いと多くの人が実感しているのが現状であろう。

国際比較でしばしば話題になるのは、日本人の英語力の低さである。
この「英語能力指数ランキング」では、日本は72カ国中35位である。

しかし小生も海外の語学学校に短期間通って感じたが、
ヨーロッパ言語ネイティブの人は英語のリスニングは元々強い。
そして文法が多少不正確でもペラペラ話せる人が多い。
それに対して日本人(特に学校で英語を得意科目としていた人)は
文法が強い。そのため、語学学校入学時のペーパーテストで高い点を
とっても、面接の結果中級のクラスに割り当てられ、もう全部知っている初級文法を延々と習うというケースが何回かあった。
これは言語の構造上致し方ないところであろう。
個人的には英語上達には毎日の地道なトレーニングが不可欠であり、
それを「努力」や「意志の力」でなく、ルーチンとして持続できる仕組みを自ら作り上げることが重要だと思っている。

一方、それ以外の科目については、国際学力テスト(PISA)で日本は
「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」でいずれも
前回調査より順位を上げ健闘している。

しかし小生は個人的には、大学進学時以降に数学を全く勉強しなくなる「文系」とそうでない「理系」に分けてしまうことに大いに問題があると思っている。

小生が現在語学学校で教わっている米国人講師は法律専攻で、「数学の才能はなくて…」と言っているように、結局数学が苦手な人は数学など必要としない専門に進む、ということについは日本と同じである。しかしPolitical Scienceなど英語でサイエンスがつく学問の学者に、高校数学の知識もあやしい人ばかりがなっている日本の現状はやはり改善すべきではないかと思う。この問題はまた改めて論じたい。

私も経験のあるユナイテッド航空オーバブッキング退出

ユナイテッド航空で乗務員を搬送するために降ろそうとした乗客が抵抗し、流血の事態となったことが話題となっている(リンク)。

実は私も同じような経験がある。2003年春に仕事で米国サンディエゴへ行った帰りに、サンディエゴ発ロサンゼルス行きのユナイテッド便に搭乗し、機内に入って着席した。

すると、係員から飛行機の外に出ろと言われた。私の席には代わりに身障者の乗客が座ったようであった。

私はわけが分からず呆然としたが、しばらくして腹が立ち、当時まだ得意ではなかった英語で空港ゲートのスタッフに文句を言った。スタッフは当日有効のユナイテッド便のバウチャーチケットをくれた。しかしこんなもの即帰国する予定の私に使えるはずがない。とにかく憤りがさめやらぬまま一本後の便でLAに飛び、そこからは予定通り帰国した。一本後の便でも間に合うということで追い出されたのかもしれない。

私の米国渡航回数は27回で、ANA-ユナイテッド系列を使ったのは9回である。この他にも、(1) 2011年にインディアナポリスからユナイテッド便でシカゴへ向かおうとしたら空港システムのヒューマンエラーで多くの便がキャンセルとなり結局近くのホテルに延泊した。(2) 2012年にデンバーからLAへユナイテッド便で向かったが、悪天候で飛行機が大幅に遅れた。しかしこの時はLAの乗り継ぎ時間が5時間以上あり自分は間に合ったが、同乗していた多くの乗客はLAで自分が乗るはずの便が離陸するのをみてうなだれたりしていた。(3) 2013年にナッシュビルからユナイテッド便でシカゴへ向かおうとしたが、悪天候でキャンセルとなり、結局デルタ航空のアトランタ経由に振り替えられた。これら(1)~(3)のトラブルは航空会社の責任ではないが、米国フライトのトラブルはアメリカン航空に比べてユナイテッド航空が断然多い。これはたまたまかと思っていたが、今回の件で偶然でもなさそうだと思うようになった。